聖なるマンゴーの木の下で(Under the Holy Mango tree)

不思議なはなし。

昨日、お食事をしていた時に
ある人の話を聞き、その方の育った環境を羨ましいなと思った自分がいた。

そのすぐ後、事件は勃発した。
「よかったねえ、すごいねえ」と、一緒に喜ぶ羨ましさじゃなくて
「妬ましい」 と思っている自分を自覚した。
嫌な自分を省みた怒りと夜寝付けない程の嫉妬心で、

「私は私、人は人」と唱えてみる
呪縛はとけない。
「誰かも私に対してそういう気持ちを持ってるかもしれへんってことや」
自身を持ち上げてみたが、どうやらそれも魔法の呪文ではなかったようで
嫌な気持ちのまま、まぶたが朝まで開かなくなるまで待った。


本当にどうしちゃったんだ、私。


翌朝、ホテルのベッドで目が醒めた。
目覚めの悪さといったらない。

おきなければ。
今日はカーンチプラムへいくのだ。

カーンチプラムは宗教色の強い古都で7世紀ごろから栄えた。
シヴァ信仰の聖地の一つとされ
チェンナイからバンガロールに向かって車で2時間半ほどの距離に位置する。
1年ほど前に母アレキサンドラ がもって来たJALの機内誌に
ポンディチェリー、マハバリプラムと 併せて紹介されていたのを読み、
かねてから訪問を切望していた。

なぜなら、カーンチプラムにあるエーカンバラナータ寺院の
樹齢3500年のマンゴーの木の下で
シヴァ神とパールバティ妃は結婚したという伝説があったから。
そして偶然にもその記事を読んだ前の日にうけたインドの神様診断で
私はパールバティだったのだ。

そんな神聖な場所に行く日の前にこんな邪念が沸き出てくるなんて
これはまた何かのサインに違いない。

私は頭を刈り上げたり、
めちゃめちゃきもいメイクとかしちゃうけど
結構、信心深いのである。



今日は土曜日なので朝ご飯にはマサラドーサを食べなければいけない。
そう思いながら親指を動かしていると
まったく本件とは関係のない方の描いた素敵なイラスト作品が目に入った。
鮮やかな優しい色で書かれ、ポップでありながら
作者の自我でなく、見るものを包み込む力があった。

本当にワンスクロールの間に起こったことです。
1瞬、厳密にいえば3秒ほどの出来事です。

 「ああ、自分自身への感謝が足りてへんのや」

という感情が湧いてきたのである。

健康でありがとう
人に優しくできる人でありがとう
考えさせてくれてありがとう
脳みその判断と体がちゃんと一致してくれてありがとう
自分ありがとう
自分でいてくれてありがとう

ありがとうありがとう
ありがとう、 ございます

そうしたらすっと、昨日からの負の気持ちの火が消えた。
例の方のことをこれからも活躍して欲しいとプラスの思考でおもい、執着がなくなった。
昨日の夜のことが嘘のようである。


今まで、
まず人。
相手を敬いなさい。
相手を大事にしなさい。
思いやりなさい、してもらうよりしてあげなさい
人、人、人

それが美徳と思ってきたが

 まず自分の意思で動く、自分という人間に感謝する


もっと自分に感謝したら
周りのことも大事にできるんやということの
本当の意味が今日解った。

マンゴーの木は優しくかわいくかわいく寺院の中で呼吸をし、
その木陰はそれまでの日差しで乾いた体を癒してくれた。
なんとも、優しい。

その下でパールバティプージャを、
さらにぞうさんにblessingしていただいた。

Om Nama Shivaya ….
ありがとうございました。

photo:02


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