サリーで走れんチャッ!!!


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↑ちゃんと元気に会社いったよ。笑
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そう、もう12、3年前も前の話だ。

未だスカイプやフリーwifiなんかまだ普及していなかった時代。
911の悲劇が、全米を悲しみの雲で包んだその年。
テロ直後、安全面で大人達の勝手な意見が飛び交う中
17歳の小娘だったあんこは思った。

モスクワでクーデターを経験してるのである。
そして、人間、死ぬときは日本に居たって死ぬ。
やりたい事をやらずに悔いる方が、死に切れない。
受け入れてくれるホストファミリーがいるのなら、行きたい。

晴れて私はアメリカへ留学する為に、言語交流研究所ヒッポファミリークラブという多言語サークルに入会した。

ヒッポファミリークラブは言語オタクにはなかなか興味深い団体で
7カ国語(今は20カ国語くらいあるんちゃうかな)を自然習得しようという趣旨のいわばサークル。
本体は言語の自然習得の研究をし、研究員が全国各地にファミリ-と呼ぶ集まりを週1ペースで開催し
メソッドを実践している。
活動のひとつにホームスティプログラムや、日本に来る留学生の受け入れ、そしてイヤーロングプログラムと呼ばれる高校留学プログラムがあった。

普段の活動はストーリーテープの聞き流したり、
厳選された世界のフォーク音楽のCDに合わせてSADA (Sing along Dance Along)をして
大人も子供もおじいちゃんも赤ちゃんまでが一緒の空間で言葉を音楽の様に楽しむ。
(ここでは赤ちゃんはむしろ、先生!)

言葉を話すのじゃなくて、”歌う”んですよ。

そうしているうちに、赤ちゃんが初めて言葉を話すようになるように、言語を習得していく。

ストーリーテープで聞こえた空耳等をファミリーでシェアして、より親しみを持ってテープを聴けるように励まし合うのですが
当時は今のハイテンションからは想像がつかないほど、
若干冷めた高校生だったので
『いい年した大人なんだからちゃんと机に座ってなんで勉強しないんだろう』とも思ったりもしましたが

インドもそう、アフリカなんかの他言語国家では机にかじりついて必死のパッチで単語を覚えなくても
大勢の人がたくさんの言葉を使い分けて生活していて、それが日常。
この言語習得方法は、自然の利にすご~~~~くかなっているとつくづく感心する。

さて私は留学の為に入会し、メンバーだった期間は2年ほどだったのですが
SADAの1つの曲にこんな空耳をつけた事を強烈に覚えていた。


サリーで走れんチャっ!

何語の歌かわかんないんだけど、
出だしが確かにそう聞こえる気がするのよ。

サリーって言ってるけど、当時はヒンディー語かどうかも知らず。

ただ、そう聞こえると言い出したメンバーさんがすごく嬉しそうだったのと、
空耳をおこした手製の歌詞カードに、
サリーの裾を挙げて一生懸命走るインドのお母さんらしきの挿絵が印象的で、
10年経ってもなお、色あせずに記憶に残っていたのだ。

さて、
もちろん
ただの思い出話では終わりません。

つい3ヶ月ほど前のこと。

いつもの通り会社に行く途中、
いつものムスリムの学校の前で
ほこりっぽい、おんぼろ、ネイビーカラーのスズキのバンがバックしようとしていた。
その周りを、ペンギンみたいに全身をベールで覆ったムスリムの少女達が
楽しそうにおしゃべりをしながら、学校に吸い込まれていく。

スズキがギアをリターンにいれた。

そのとき。

流れてくるんですよ。

サリーでは~~~~~~~あ~~~しれんっちゃ♪
ってさ!!!!

一人で?!ってなったわよ。

わかる?
ムスリム地区でただでさえ東洋人が髪の毛隠さずに歩いてるのが目立つって言うのに
漫画みたいに固まったらそりゃ変態扱いよ。

その日、頭をひねりまくって思いつく限りのキーワードで必死にググったけど
たどり着けない。
今も交流がある、当時のメンバーさんにきいても
曲は知ってるが、みんな空耳で覚えてる為、本当の題名がわからない笑
でも、ここで流れたって事はきっと、ヒンディー語の曲に違いない。

サリーちゃん、
あなたは一体、どこのだれなの。

さらに追い打ちをかける出来事があった。
ついこの間、自分のitunes をシャッフルにしてきいていたら


サリーで走れんチャ♪が流れてきたのだ。

ドライバーちゃんからジャイアンしたUSBに入っていたのだ。
人が必死で探しているのを尻目に、まるでおちょくるように、こっそりと私のPCに侵入するとは。
しかも、こういうときに限って曲名が登録されていない笑

もう我慢出来ない。

これは、あの男を呼ぶしかない。

決して友達ではない、ベンガル菓子・”Misti Doi”に電話。

一瞬ひるむ、Misti.

笑いそうになるのをこらえ、
電話越
しに
サリーで走れんチャの鼻歌を歌う
あんこ、28歳、愛こそすべて。

するとMisti Doi
急に、さっきまでの人を小馬鹿にした、
縁日の金魚の袋の中に入った金平糖がコツコツあたってダンスしたみたいな、
コロコロ笑いをやめた。
(この男は実に純粋で陽気なのである。)

?!

Misti

“あんこさん、な~~~~~~んでこの曲知ってる?
これ、知ってるって言ったらインド人はみんな感激しますよ”

という事で、11年目にして曲名がわかりました。
出だしが”サリーで走れんチャ♪”に聞こえます。

↓↓

Sare Jahan Se Acha
(Anthem of People of Hindustan/ インド人の讃歌)

すっきり~♪
この曲は、今ではバラバラになってしまった、パキスタンやバングラディッシュも含めて
インド国民としての愛国心を表す曲で、当時はイギリスへの反抗歌として人々に歌われた。
インド人なら今でも学校で習う、国歌と並ぶ、大切な歌。
偉大なシタール奏者・ラビ・シャンカール(ノラ・ジョーンズのパパ)も1950年代にこの曲をレコーディングしたそうな。
もともとはウルドゥー語の詩で、ヒンディー語にメロディーがつけられた。

一杯かわいい曲があったのにも関わらず
インド国民にとって大切な意味を持つこの曲に
10年越しの執着を持っていただなんて

やっぱり私はインドに呼ばれたのだと
運命を感じずにはいられないのでした。

*****

英語訳(wikipediaより)

Better than the entire world, is our Hindustan,
We are its nightingales, and it (is) our garden abode

If we are in an alien place, the heart remains in the homeland,
Know us to be only there where our heart is.

That tallest mountain, that shade-sharer of the sky,
It (is) our sentry, it (is) our watchman

In its lap frolic those thousands of rivers,
Whose vitality makes our garden the envy of Paradise.

O the flowing waters of the Ganges, do you remember that day
When our caravan first disembarked on your waterfront?

Religion does not teach us to bear ill-will among ourselves
We are of Hind, our homeland is Hindustan.

In a world in which ancient GreeceEgypt, and Rome have all vanished without trace
Our own attributes (name and sign) live on today.

Such is our existence that it cannot be erased
Even though, for centuries, the cycle of time has been our enemy.

Iqbal! We have no confidante in this world
What does any one know of our hidden pain?

2 thoughts on “サリーで走れんチャッ!!!

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